今日ですべての勤務が終了した。私はとうとう解放されたのだ。勤務が終了したのは午後二時半。平日であったこともあり、そしてまた、やるべき仕事がなかったので、私は早上がりを命じられ、そして、そのまま勤務終了となった。
明日は退寮である。ダンボール箱に衣類などを詰めて、そして、宅急便で送るための準備などに忙しかった。ふうふう言いながらやっとのことで部屋の片付けなども終わり、夕飯を食って風呂に入る。
夕飯は文字通り、最後の晩餐であった。心なしかいつもよりも飯がうまく感じられた。たまたま従業員食堂に支配人があらわれて、支配人は私と話すこともこれで最後の機会だと思ったのか、彼はいろいろ話かけてくれた。お互いの出生地やら何やらを聞きあったりした。支配人は50代後半の品のいい紳士であって、また、さわやかな快活さをもった人物であった。
「あの、このホテルに支配人は何年勤めていらっしゃるんですか?」
「25年だよ。ずっとここにいる。」
私は、支配人の勤続25年という言葉を聞いて、心底驚いた。なんという辛抱強い人なんだろうと驚いたのだ。こんな娯楽の無い、温泉だけがある場所で、彼は25年も頑張ってきたのだ。
私はたった1ヶ月でここを去ろうとしている。去ることには何の未練もなかったが、それでも、きちんと同じ会社に長く勤めている人に対してはやはり頭が上がらない思いなのである。
支配人ともっといろんなことを喋りたい気持ちもしたが、どういうわけか話題は浮ばなかった。気まずい沈黙が漂いもしたが、支配人はそれについて怒った風でもなかった。私のことを「気の利かない男」だくらいは思ったかもしれないが、それでも、支配人は包容力を感じさせる人だった。やはり、ひとつのホテルの支配人だけあって、貫禄や重み、人間的な愛情というものは深いものだなと、私は勝手に解釈していた。
風呂に入る。風呂には誰もいなかった。窓から見える外の景色を眺める。最初来た頃には、たくさんの雪が積もっていた。いまは残雪もわずかであった。これからもっと暖かくなるのかもしれない。ここは暖かい時期、そして、夏場は過ごしやすい場所なのかもしれない。
寮の部屋に帰って、この一ヶ月を振り返った。見事に何もなかったという印象である。いや、何かはあったのかもしれない。私が新しい発見というものを見過ごしていたのかもしれない。いまも昔もそうだが、私はあまり日本の観光地には興味がない。風物詩も歴史も、そして、人間にさえもあまり興味がなかった。この一ヶ月、ただただ、風景と人間が目の前を通り過ぎて行ったというだけの感触なのだ。
このリゾバをどのように総括したらいいのだろう? 「仕事」という観点から考えるべきだろうか。いや、仕事に関してはこれまでにもいろいろ書いたし、私なりの考えは提示したつもりである。
「人間」については、残念ながら、もう書くことはあまりありそうにない。私は人目を避けていたし、そして道でホテルの関係者とすれ違っても、「おつかれさまです」と挨拶をするだけだった。それは本当に最低限の挨拶であった。
湯西川温泉というのは、本当に寒いところであった。真冬はもっと寒いところなのだろう。もし、これからもう一度リゾバをやるとしたら、そしたらもっと暖かい場所を選ぶと思う。