リゾバを開始して一週間が過ぎた。今日は久しぶりの休日である。今日と明日で2連休である。7日間も働いた。労働のブランクが長かったこともあって、この一週間はかなりしんどかった。
いま、自分の部屋でこれを書いている。いま気づいたのだが、この部屋の窓には隙間があいていた。ガラス窓ではない。格子状のサッシがあって、内側にビニール製の窓がついているだけであった。窓はガムテープでとめられていた。その隙間から冷たい風が入ってくるのだった。
部屋には電気ストーブがひとつあるだけだ。夜寝るときなど、電気ストーブをつけっぱなしにして寝るのもいいのだけれど、それでも、タイマーをつけて寝ることにしている。すると、夜中に目が覚めたときなど、自分の体がものすごく冷え切ってしまっていることに気がつく。とんでもないところにきてしまったものだと実感する。
ホテルには、社員と契約社員と派遣社員とアルバイトがいて、寮に住む場合、寮のグレードはその雇用形態によってかなり差別されているようだった。同僚の契約社員の部屋に行ってみたのだが、そこはこぎれいな1Kアパートであり、ユニットバスもついていて、私の部屋と較べると雲泥の格差があるのに気づいた。おそらく、この汚らしい、最底辺の部屋から、頑張って仕事をして、這い上がっていかなければならないのだろう。(社員になるつもりがあればの話だが、、、。)
一週間が過ぎて、いろいろ考えたが退職することにした。仕事が覚えられないし、職場が要求するレベルと、私の実際の能力にかなりの差があったからである。それと、私の行なう仕事というのは、従業員のお金を扱う部署であったので、へたに仕事を続けて、あとでとんでもないヘマをやらかした場合、「すみませんでした」の一言では済まなくなる可能性がある。
退職にあたっては、ホテルの女将の一言も効いた。あるとき、女将は私に向かってこんな暴言を吐いたのである。
「あなたは人よりも頭が悪いんだから! 馬鹿なんだから!」
ひどい言い方である。お前が馬鹿なんだろう!と言い返したい気持ちはあったけれども、言い返したところで、職場で上司に向かって悪態をついたところで、無意味なことはわかっている。私は過去に幾度か、職場において、上司に向かって反抗するということをやったことがあって、そういう反抗というのはひどく無意味であることを知っている。いまは、心も傷ついているし、無力感も大きいが、いたし方のないことである。女将はつねに眉間にシワを寄せている女性であり、50代後半くらいの人物で、つねに従業員に向かって小言を言っていた。おそらく、多くの人々から敬遠されている人物に違いない。ホテルの所有者であるということが、財産をもっているということが、女将の心の平安を乱していることなのかもしれなかった。
そんなこんなで、私は派遣会社に電話をして、退職したい旨を伝えた。携帯電話をもっていなかったので、自分の寮から、近くのホテルの公衆電話まで歩かなければならなかった。電話で私が退職したいと告げると、派遣会社の担当者は最初は少し驚いたが、派遣先のホテルの責任者に伝えておきますと言った。
明日、また派遣会社に連絡を入れることになっている。その頃には、ホテルの私の直属の上司の男にも、私の退職の意思が伝わっているだろう。果たして、どんな風になるのか。いまのところ、私の気持ちに変わりはない。社員になって、ホテルに骨を埋める気持ちもさらさらなかった。
私を取り巻く人間関係はどうだろうか。総務の仕事をしていたので、ホテルの事務所にいる時間が長かった。私の上司である課長と、そして、メガネをかけて肥満気味の社員がひとり、そして、目がぎょろんとした派遣社員の女性がひとり、そして、同期で入った顔が四角くて、どもりのある男、、、それが主に仕事上で会話をする相手であった。
課長は大柄の体格の男で、肩や胸に筋肉がガッシリとついたマッチョな男であった。頭髪にはかなり白髪が混じっていた。快活な男であり、どこでも元気に話す男であった。従業員を怒鳴るときの大声はかなりのものであり、その大声は事務所中に鳴り響くものであった。徹底的に部下を威圧して、服従させるタイプであった。
従業員食堂で課長を発見すると、フロントの可愛い子たちがいるときなど、課長は嬉々としてフロントの子達と同席していた。精力的な男であるという印象が強い。スケベエで強引な男なのかもしれない。課長を嫌っている人間は多かった。
正直言って、人物に対してはいまのところ、あまり書くことは無い。私は自分からは誰とも仲良くなろうとはしなかったし、私に話しかけてくる人間もかなり少なかった。
フロントには可愛い子が二人いたのだが、私が彼女たちに自分から話しかけたり、あいさつをしなかったのがいけなかったのか、いつ頃からか、彼女たちから無視されるようになった。飯のときなど、従業員食堂の扉を開けて、中に入ったとき、その子たちがいて、私はあいさつをしてみるのだが、彼女たちは完全に無視をした。ひどいときなど、にらみつけてくる始末であった。私はなぜ自分がこれほどまでにひどい仕打ちを受けるのか、よくわからなかった。まあ、可愛いといっても、彼女たちは極上美人というわけではない。並よりも上、あるいは上よりも並ぐらいの容姿の子達だった。一人はよくみると顔が猿に似ていなくもなかった。それでも、無視されたり、にらみつけられるというのは残念であった。
また、彼女たち以外の女性をみると、ほとんど絶望的であった。それと、私が勤めているホテルの場合、男性の従業員数の割合のほうが圧倒的に高いのである。リゾバといえば女性がワンサカしているイメージをもっていたのだが、そうでない職場もあるのだ。これじゃあ、可愛い子がいて仲良くなって「あわよくば一発!」という野心をもっていたとしても、うまくいかないではないか。ただ、本気で一発をやろうとするなら、私は携帯電話をもっていなかったので、かなりの不利である。携帯なしで女の子と一発をやりたいと思ったら、「素もぐりで漁をするようなもの」であると、私の友人が以前言っていた。寮の部屋で一発をしようものなら、女のあえぎ声やら、男の「うぉー!」といった叫び声が外の部屋に漏れる可能性がある。そして、一発をしている最中に、誰かが部屋に入ってきたら、それこそ抜き差しならない状態になってしまう。車をもっていれば状況はかなりよくなるはずで、どこかにしけこんで一発やればいいのだろうが、あいにく私には自家用車がなかった。
ホテルには一発やりたいナアと思っている従業員は大勢いるはずである。ここには娯楽がなかった。コンビニもなかった。繁華街に行くには車で山を降りなければならなかった。男たちは性的な処理をすべて自分で行なっているのだろうか。それとも、宇都宮だとか、この近辺の比較的大きな都市まで出かけていって、風俗で一発抜いてスッキリしているのだろうか。ある人は休日の趣味はパチンコであるといっていた。日本の田舎の娯楽というとどうしてもパチンコに落ち着いてしまうのだろうか。確かに、風光明媚な土地ではある。ホテルの前には大きな川が流れていて、雪景色も美しいし、空気もきれいだ。だが、自然が豊かなだけで、本当に何もすることがないのだ。なぜ、彼らは、従業員たちは長く働いているのだろう。ほかに行き場がないのかもしれないが、自分の気持ちや夢をごまかしながら、そして、まっとうな社会人として働いて生計をたてているという、ただそれだけのことで、このつまらない環境の中で自己を押し殺して、生活しているのだろうか。
それでも、人間そのものを見る限り、エロはないが、みんないい人たちに見える。私はホテルという職場が初めてであったし、どんな人間がいるのだろうと、かなり緊張して身構えていたのだ。手の付けようのないチンピラの巣窟なのではないかと思った。住み込みの仕事といえば、どこにも行き場のない人間が集まるものであろうし、一般社会の吹き溜まりのようなところではないかと思ったのだ。
みんないい人たちだったが、私は自分の殻にこもっていた。新しく出会った人間とどんな風にして仲良くなったらいいのかもすっかり忘れていた。人間関係に関してはすべてを運にまかせていた。すなわち、くるものは拒まず、去るものは追わずである。
このホテルでよかったのは、労働時間中の食事の際に、従業員食堂で、「誰と飯を食べていいのか?」という問題に頭を悩ませなくて済んだことだ。従業員食堂では空いている席に座って一人で飯を食えばよかった。とりあえず、「おつかれさまです」という挨拶だけ怠らなければ、問題はないようであった。同席した人々に対して世間話をするかどうかについては各自の裁量に任されているようであった。私は何の話題も頭に浮んでこなかったので、ひたすら押し黙っていた。ほかの従業員が話す会話に入っていけばいいのかもしれないが、どんな台詞を言ったらいいのか、どのタイミングで台詞を言えばいいのかわからなかった。へたなタイミングでいえば、「空気を読めよ!」ということになる。また、一見して私よりも年下である人に対して、です・ます口調で語りかけるべきか、もっとフランクに話すべきか悩んだ。悩んだすえに、です・ます口調でどの人間に対しても慇懃に対応することで統一した。