今日はよく眠れたのか、朝は目覚ましが鳴っても二度寝をしてしまった。といっても、10分間ほど余分に眠っただけであった。家にいたときはいくらでも眠れたわけである。そうした生活に耐えかねてリゾバに来たのではなかったか。実際にまともな社会生活に復帰してみると、朝起きて会社に行くことがとても面倒くさいのであった。
そして、私にとってはあとの労働の期間はいわば、「敗戦投手」なわけである。負けが決まっている野球の試合でリリーフを勤めているようなものである。こういう気分というのは実に不思議なものである。派遣先としても、私をいますぐに辞めさせるわけにはいかないようであった。私でもできる仕事があるらしかった。
朝飯を食ったあとに、事務所へいくと、もうすでに同期のどもりのある男は出勤していた。そして、熱心に先輩から仕事を習っていた。やっぱり、彼はやる気があるようだった。彼は自分でも、「ここを辞めてもほかに行き場がない」といっていたが、そうなってくると仕事をいやがうえにも真剣にやらざるをえないのである。
私は少々、無責任であったかもしれないと反省する。だが、ここで本当に真人間になってしまうのもどうかと思う。いや、こんなことで真人間になれるのであれば、もうとうの昔に真人間になっていて、まっとうな社会生活を送っているに違いないのだ。日本というムラ社会にきちんと適応し、労働や人間関係から生ずるストレスに対してもしっかりと対応していたのだ。
私にはホテルの従業員の顔という顔が、すべて、同じに見えた。老若男女、そして、美しい者も醜い者もいたし、派手な顔も地味な顔もあったが、それらすべての顔が同じに見えたのだ。そうなってしまうと、「他人に興味をもつ」ということ自体が、難しいことになってしまうではないか。誰と会話をしても同じであるし、どこからも新しい刺激をもらえそうもなかった。
朝から冷蔵庫のチェックにいった。やっと、ホテル内のすべての冷蔵庫の場所を覚えることができたのだが、一時間という上司から指示された時間内にすべての冷蔵庫のチェックを終えることは不可能であった。最初のうちは真面目にやっていた。だが、2、3個の冷蔵庫のチェックが終わると、もうすでに30分ほどの時間が過ぎていた。すべて終わりそうにない予感がしたので、途中からは前日にやった分をそのまま転記した。これだと簡単だけれども、上司がチェックしたらすぐに適当にやっていることが発覚するだろうと思う。
だが、冷蔵庫のチェックを誤魔化して一時間内に終わらせるのと、真面目にやって二時間で終わらせるのと、どちらが業務に支障をきたすことであろうか。
自分としては、なるべくミスを少なくし、残り少ない期間のダメージを最小限に抑えるつもりであった。仕事に対するモチベーションはほぼゼロの状態であり、机につっぷして寝ていてよろしいということであれば、グースカといびきを立てながら眠ってしまうのであるが、そういうわけにもいかぬ。何か仕事をしなければならない。そして、少なくとも、周囲から見て、「あの人は何かを真剣にやっている」という風に見られたいものであった。
冷蔵庫のチェックが終わると、昨日に引き続き、納品書の数字をエクセルに入力する作業が待っていた。これは私にとってうってつけの閑職であった。はじめはイヤだったが、午後になって作業になれてくると、もくもくとエクセルのテンキーをいじくっていればいいので楽であった。とはいえ、大変なこともあった。ホテルにあった納品書、それも一か月分となると結構な分量である。それを日付順、業者別に分ける作業があったのだ。面倒くさかった。そして、私とは縁もゆかりもない業者の名前と、そして、金額をチェックしていくというのは、実に無意味に思えてくるのだ。
「仕事だから」と割り切らなければならないし、いったん仕事を引き受けた以上は、どんな仕事でもやらねばならないことはわかっている。だが、そこに何の意味があるのか?? 意味を考えれば考えるほど、無意味に思えてくる。また、こういった問題、つまり、納品書の業者名及び
、記載されている金額と自分自身の関係性についてなどに、無理矢理、理由付け、意味づけを行なえば、途端にうそ臭くなることは目に見えていた。
自分は何をやっているんだろう?という、そういう、本来切実であっていいはずの疑問に対して、なぜ、ホテルの連中は無関心でいられるのか。少なくとも、表面上は無関心でいるように見えた。勤務先のホテルのどこを探しても、今にも死にそうな顔をして、世界の終わりについて考えているような顔をしたやつであるとか、背中に十字架を背負ったようなとてつもない悲壮感を漂わせている人間はいなかった。いや、そんなやつがいたところで、私はその人間に対して近寄ってはいかなかったかもしれない。
昨日、常務と話をしたとき、私が、「私はいつまでたっても大人になりきれていないんです。人は成長の過程で社会との関係に折り合いをつけなければならないんでしょうが、、、」と話をもちかけたところ、常務は私の話を最後まで聞かずにそれをさえぎって、「それって、ピーターパン・シンドロームじゃないの?」と聞いてきた。単純な割り切り方である。せっかく常務と話をする機会であるから、長広舌をぶって、いや、大演説をして得意になってみせようと思ったのだが、私の目論見は大いにはずれたものであった。常務は私の話には興味をもっていなかったであろうし、また、自分の中にあらかじめ結論があって、その結論にもっていくために私に話をしていた。私がノーと言うたびにそれをつぶし、すべてのノーをつぶしていって最終的にイエスと言わせようとしたんだろうが、、、私はそんなに素直な人間であるはずがない。いや、常務が話をしているときに、ちょっとでも、会社以外の価値観をも受け入れるような姿勢が垣間見られたならば、私の心は動いたかもしれない。
おそらく、常務の心を支配しているのは、数字や金銭なのであろう。会社以外のことはどうでもいいのである。
こんな風に常務のことを考えたのだが、私は常務に多少の同情してもいた。彼はホテルのオーナーの息子だったのだが、ただの馬鹿な二代目というわけではなかった。若い頃は外の世界でも大変な努力をしたようであるし、ホテルに戻ってからも、それなりに苦労に苦労を重ねたようであった。それは常務が病んだ表情をしていたことと、頭髪の一部が抜け落ちて、見るからに人生の苦労が偲ばれたからである。
ほんとうは常務にはやりたいことがあったのではないか。ホテル業という家業を継ぐのではなくて、別の人生を歩みたいという気持ちがあったのではないか。おそらく、かなりの収入やら資産があるであろうし、生活には全く困っていないだろうに、なぜあれほどまでに悲しく、憂鬱な顔つきをしているのか、、、。本当に仕事が好きな人間の顔には見えないのだ。
午後の三時過ぎであろうか。私が納品書の入力作業をしていると、背の高い快活な男が入ってきた。見るからに軽薄そうな男であり、そして、ほかの従業員と話をするときもずっと軽薄なままだったが、私はその男の声を耳にするだけで虫唾が走った。そうなのである。会社で働くということは、自分が嫌いなタイプの人間も仲間として受け入れなければならないのだ。そんな基本的なことさえ私は忘れていたのだ。その男は仲のいい従業員たちと軽口を飛ばしながら、軽薄ぶりを周囲にアピールし通しであった。その最中、フロントの可愛い子が事務所にやってきた。彼は可愛い子とじゃれあってふざけていた。私は、「ずるいや!」という気持ちを押さえ込みつつ、ひっそりと会話に耳を傾けていると、女の子は、「今日、飲み会するの?」と彼に聞いていた。
私は突然、「私も飲み会に参加させてください!」と、息をはずませながら会話に割り込むようなマネは避けねばならなかった。かといって、飲み会に関してはなす術はなかったのだ。ずるいや、ずるしんぼだ!、みんなして俺を仲間はずれにして!という思いでいっぱいだったが、私は敗北を甘んじて受け入れるしか、ほかに方法がなかったのである!!
その後、同僚から回覧板が回ってきた。会社の回覧板、、、懐かしい。実に懐かしい代物である。いや、会社勤めをしていたら回覧板などごく当たり前なんだろうが、私はブランクが相当長かったので、とてつもなく懐かしく思えたのだ。回覧板の中身はホテルの客に対して行なったアンケート結果である。客の生の声を知るということなのであろう。どうでもいいことである。このホテルの売り上げが上がろうが、下がろうが、私には関係のないことである。チラっと読んで判子だけ押して、次の人にまわさなければならなかった。
その次の人というのが、こともあろうに、件の軽薄な男であった! 私は彼に話かけなければならないのか! 私の鼓動は一段と激しくなっていった。だが、この回覧板を自分の懐にしまっておくわけにはいかない。とにかくあの男を見つけ出し、この厄介なものを自分のところから手放さなければ私は自由になれないのだ。ちょうど、その軽薄な男は事務所から姿を消していたのだが、10分後くらいにまた姿をあらわした。私は意を決して大声をあげて彼を呼び止めた。
「すみません、回覧板なんですが!」
「あ、どうもありがとうございます。」
「すみません。読み終わったら課長にまわしてください。」
「はい、わかりました。」
私の想像とは打って変わって、その男は意外と感じがよかった。何はともあれ、大仕事を終えた気分であった。そして、彼との会話の中で、私は自分でも意識していないのに、「すみません」と謝っていることに気がついた。誰に何に対して謝ったのだろうか。人類全体に対してだろうか。いや、そうではあるまい。だが、彼個人に謝ったところで、もともと謝るための素材がどこにも存在しないではないか? それでも、私の口から、「すみません」という場違いな台詞が口をついて出ていたのだ。
何という卑屈さであろうか。こんな状態でも、私はこれからの短い期間、おそらく1、2週間ほどの期間、敗戦投手を演じ続けなければならないのだ。辞めることが決まったからといって、すぐにこの土地をあとにするわけにはいかなかった。そして、もう辞めるからといって突然、快活で明るい声で、「おつかれさまで~す!」などと挨拶するような人間に変身し、四六時中、笑顔を絶やさない人間に変身することも、かえって不自然であるように思われた。
明日はどんな一日が待っているのかよくわからないが、煮るなり焼くなり好きにしてくれという気分である。あんたらが正しくて、間違っているのは俺なんだろとスネてみたくもなる。