第十二話・三連休最終日

今日は三連休の最終日であった。昨日は雪がたくさん降っていたのだが、今日になって雪はやみ、すっきりと晴れていた。朝、11時頃目覚めた。先に洗濯だけ済ませてしまおうと考える。寮の自分の部屋の扉を開けるとたまたま、一人の女性と、隣に住む黒ぶちメガネをかけた男が一緒だった。仲睦まじい雰囲気であった。女性のほうは私の存在に気づいていただろうが私を無視し、男のほうだけが、「おはようございま~す!」と元気にあいさつをしてきた。あいさつをされたらとりあえず返事をかえさなければならぬ。男女で仲がよさそうで羨ましいなあとか、そういった感情はもう私の中でほとんどなくなっていた。はやく終わって欲しい、はやく刑期を終えたい、、、そんな気持ちであった。

洗濯小屋には誰もいなかった。みんな、いつ洗濯をしているのだろう。まあ、洗濯というのはたいてい一週間に一度くらいのペースでみんなするであろうし、みんなが一斉に同じ日に休みをとるわけではないので、洗濯小屋に行列ができるということは無いようであった。洗濯にはおよそ一時間かかることがわかった。タイマーをセットし、洗濯機が衣類の洗濯を終えるのを待つ間、テレビを見つつ、缶コーヒーを飲む。空白の時間である。こういう空白の時間というのは、休日に必要であろうと考えた。といっても、私はいつも休んでばかりいるので、どの隙間、期間が空白であるのか不明ではある。

タイマーが鳴ったので、洗濯小屋へ衣類を取りに行った。濡れた衣類を部屋の中で干す。おそらく衣類が完全に乾くまでには二日ほどの期間を要するであろう。天気がよかったので、外で干したら気持ちよかろうとも思われたが、それをするだけの場所が無かった。また、外に干しておいたら、洗濯物を取り込むのを忘れそうであった。

2時頃、従業員食堂へ飯を食いに行った。たまたま太った中年女性がいた。おそらく、調理関係の仕事をしている人であろうと、その女性の着ている衣服から判断した。従業員食堂の扉を開けたとたんにその女性と出くわし、彼女は部屋の電気を消そうとしている最中であった。

「あら、お疲れ様です。今から、食事?」
「はい、そうです。」
「じゃあ、電気消さないほうがいいわね。」
「はい。」

あとでわかったことだが、その女性は従業員食堂で昼寝をしようとしていたようだった。だから電気を消して少し部屋を暗くしようと思ったのであろう。このホテルには従業員が休憩する場所は、従業員食堂か、あるいは、喫煙室しかなかった。どちらも狭いスペースであって、ゆったりのんびりというわけにはいかない。仕事時間中以外は、仕事に専心するしかない仕組みになっているわけである。

女性は壁のほうを向きながら椅子に腰掛けて、こっくりこっくりと居眠りを開始したようだった。私は一人で飯を食いだした。メニューは覚えていない。だが、人口密度が低いこともあって、ゆっくりと昼食を味わうことができたのは事実である。

飯を食べていると、今度は初老の背の高い男が入ってきた。私は「お疲れ様です」とあいさつをしたが、その男は私など見向きもしなかった。なるほど、そういった態度というのは不躾に思われなくも無いが、私とて、できれば単なる儀礼的な、「お疲れ様です」という挨拶というのはほとんど無意味なものだと思っている。ただ、その挨拶がないと、なんとなく他人に対して攻撃的な雰囲気を与えてしまうということもあって、私の場合は挨拶をしてしまうのである。

その男は、先ほど話した居眠りをしていた女と、なにやら世間話を始めた。この地方の訛りが少しまじった会話だったので、彼らが何を喋っていたのかよくわからない。そして、その会話についての予備知識も不足していたこともあり、会話を聞いていてチンプンカンプンであった。だが、男が突然、私のほうを向いて、笑顔で、「なあ、そうだよなあ!」と同意を求めてきたので、私のほうも笑顔で、「そうですよね~」と生半可な返事をしておいた。

こういう場合に、「何々? 最初から聞いてなかったんで、話が見えないんだけど! どういうこと?」などと聞いても、相手によっては反感を買う場合もあろう。たいした話ではあるまいし、とりあえず笑顔で応対しておけば許してくれる相手であれば、あまり深追いする必要は無いと思われた。
従業員食堂を出て行くとき、もう一度、「お疲れ様です!」と挨拶をするかどうか迷った。食堂に入るときはみんな、「お疲れ様です!」と挨拶をするのだけれども、食堂を出るときにみんなが挨拶をするとは限らない。人によってこの対応はマチマチなのであった。このときは、挨拶をしないで無言で私は出て行った。

昼の三時から日課になっていた再放送のドラマを見た。『ランチの女王』と、『結婚できない男』を見る予定であった。『結婚できない男』のほうは、昨日が最終回だったらしく、『ランチの女王』を立て続けに二本見た。面白いドラマであった。こういう何も無い環境で暮らしていると、テレビドラマがものすごく貴重な娯楽に思えるのだ。だが、『結婚できない男』も終わってしまったし、『ランチの女王』もいずれは終わってしまうだろう。さびしい限りである。そして、連休が終わって明日からは仕事が5日間続く。土日を二日挟むのだが、次の休日までに『ランチの女王』は終わってしまうかもしれなかった。非常に切なかった。

夜は再び、従業員食堂に飯を食いに行った。このときはちょうど誰もいなかったのだが、飯を食っているときに、支配人が入ってきた。支配人はおだやかな人柄の持ち主であった。年輪を重ねた大人の落ち着きというものを備えている人であった。支配人に私は何か喋らなければならないと思って、私はこんなことを言った。

「ユキ、ヤ・ミ・マ・シ・タ・ネ!」

私は自分の声が非常に小さいということを、そして、ぼそぼそと喋るということを常務やほかの上司に指摘されていたこともあって、なるべく大きな声で話すことにしたのだ。とはいえ、はっきりと喋らないといけないと思い、一語、一語を区切るくらいの勢いで喋った。私の発言を正確に文字の上で表現するのは大変難しいと思われるのだが、とにかく、私は本を音読するかのように、あるいは、ロボットが喋るように話していたのは事実である。

「ああ、やんだね。」
「キョウノ、モツニコミワ、スゴク、オイシカッタデスヨ!」
「へー、そうなの?」

支配人はニコニコしていた。私はとりあえず安堵の胸をなでおろした。支配人は最初、私とは別のテーブルに座っていたのだが、突然、私のほうのテーブルに席を移動してきた。どうしてだったのか。支配人はもしかすると、私の退職に関して、ちょうどいい機会であるし、サシで話そうとしていたのかもしれない。あるいは、支配人は私に、私の退職について謝罪を求めていたのかもしれない。真相はわからない。支配人は、私が勤めていたホテルの支配人であったから、課長よりも役職は上であった。だが、仕事内容が私と重なることがあまり無かった。いずれ、退職の日が近づいたら、きちんと謝罪はするつもりであった。だから悩んだ。今、この瞬間に謝罪の言葉を口にすべきか、あるいは、今はお茶を濁すのか。相手は夜も遅くで疲れているだろうし、飯を食ってゆっくりしたいときに、そんな話をされても、相手のほうも迷惑なんじゃないか?という一応の配慮もしてみた。
判断に迷ったが、私は飯も食い終わったことだし、支配人に挨拶だけして従業員食堂をあとにした。

風呂につかる。風呂には太った男たちがいて、その男たちというのは調理の人たちであった。いずれも見事に肥満していた。ワイワイガヤガヤ、和気藹々とやっている。ほんとうは浴場で従業員は私語をしてはいけないことになっていたのだが、彼らはまったくお構いなしであった。私は彼らをその場で口頭で注意する立場にもなかったし、また、あとで上役にそのことを報告しようとも思わなかった。仲のいいもの同士がワイワイやるのは大変結構なことである。

さて、風呂も浸かり終わって、なんだかんだとやっているうちに、もう午前0時を過ぎた。明日に備えてもう一分張りしなければならない。明日から5日間勤務が続いて、それが終わると2日休みである。その2日を使ってまたドラマを見たいと思っている。もしかしたら、休みがくる前にドラマは終わってしまっているかもしれない。番組表もないし、インターネットで調べることもできないのでわからないのだ。ただひとついえることは、人里はなれたホテルという環境で、そこで仕事をするということは、やはり、娯楽はテレビに行き着くのだなあということである。労働の疲れを癒してくれるのもテレビであるし、どきどき、わくわくするのもテレビである。私はここに来てまで、あまり同僚との人間的かかわりを避けていたこともあって、そうなると必然的に「娯楽はテレビだけ」ということになるのだ。そういう生活もたまにはアリなのかなと思う。