第十話・三連休一日目

今日から三連休が始まった。朝はたっぷりと昼の12時半まで起きていた。途中、何度か目が覚めたけれども、どうせ早起きしたところで何もすることはないことはわかっていた。とにかく、労働の疲れを取るには眠るのが一番である。

テレビをつけると、『笑っていいとも』がやっていた。すぐにテレビを消して、タバコに火をつける。ふー、今日一日をどうやって過ごすか。だいたいの予定は決まっていた。まず、二時頃に従業員食堂へ行きブランチを食おうと思った。その時間ならおそらく他の従業員と顔をあわせることもなかろう。

そして、寮に戻ったら、二つのドラマ、『ランチの女王』と『結婚できない男』を見る予定であった。それが休日の唯一の楽しみであった。それ以外にすることといえば読書をするくらいであったが、本はもうすでに読み飽きていたので、あとはテレビに集中するくらいが日課になっていたのだ。

二時に従業員食堂へ行くと、中年男がすでに一人いた。よかった。やはり私の読みは当たっていた。それくらいの時間に行けば、ほかの従業員と顔をあわせる可能性は格段に低くなるのだ。私は意気揚々とご飯をよそって、麻婆豆腐を器にいれて、おかずを皿に盛り付けていった。飯はゆっくりと落ち着いて食べたいものである。ほかの従業員が大勢いればそれなりに気を使わなければならなくなる。ほかの連中が喋っている会話に耳を傾けず、完全に周りの存在を無視して飯を食えればいいが、会社というものはそう簡単ではない。いつ何時誰かが私に話しかけてくるかもしれぬ。そういうときに、「私は貝になります」というような態度で、周囲をまったく無視した様子でいると、それはそれなりに圧力が厳しくなるものだ。話かけられる可能性は低いが、一応気を配っていなければならない。会話にも半分耳をそばだてておいて、いつ何時話しかけられても、無難な応答ができるように、臨戦態勢で準備しておかなければならない。

私が飯を食っていると、従業員食堂に黒眼鏡をかけた若い男が入ってきた。彼は笑顔で私に挨拶をすると、挨拶をするだけではなくて、なにやら話をしてきた。何を話したか。ほとんど覚えていない。たいしたことは話していないと思う。だが、感じの悪い男ではなかった。その男は従業員食堂の飯をラップに包むと、部屋を出て行った。おそらく、自分の部屋で食べるのだろう。

男が出て行って、しばらくすると、同席していた中年男が話しかけてきた。彼は車両係をやっているらしい。車両係という仕事はよくわからなかったが、お客さんの送迎をしたり、ホテルの玄関でお客さんの案内をする仕事であっただろう。話は寮についての話が多かった。一番、無難である。

「僕の部屋は隙間風が入ってくるんですよ。」
「そうか、大変だね。おれは寮には入ってなくて、家から通ってるからね。寮に住んでると仕事と休みの区別がないからね。疲れちゃうでしょ。」
「そうですね、通いか、、、いいな~。あの、寮って築何年くらいたってるんでしょうか。」
「うーん、30年くらいはたってるんじゃない。」

他愛もない話である。どうでもいい雑談であるが、いまの私にはそれくらいしか思いつかなかったのだ。

飯を食い終わって寮の部屋に戻る。楽しみにしていたドラマをゆっくりと寝転がりながら観賞する。ものすごくドラマに熱中していたわけではないが、本当に娯楽がない。あるのは大自然と、雪と、寒さと、あとはなんだろうか、永遠に続きそうな退屈だけがそこにはあった。よくここで働く人々は、会話のネタが途切れないナアと感心する。情報がほとんど無い、いや、テレビや新聞、あるいはインターネットをみれば情報は入ってくるかもしれないが、それでも、ホットな刺激には欠けた場所である。そうした永遠に続く退屈の中で、よくも絶望せず、明るい顔をして生きられたものである。

そういう私はリゾバを始める前は、どんな退屈にも耐えてみせると意気込んで、ここにやってきたのではなかったか。まあ、何事もやってみなければわからぬということはある。とにかく寒い場所である。寒いのは大の苦手であり、自分は寒い場所では長く暮らせないことだけは、はっきりとわかった。

夜、8時半頃、再び飯を食いに行こうと外に出かけると、雪が降っていた。結構な雪の量であった。10センチ以上軽く積もっていた。寮を出るとき、たまたま白いコートを着た若い女と出くわしたが、私は「お疲れ様です」とだけ挨拶をし、足早にその女のそばを去った。ふくよかな顔をした、若い、やわらかそうな女であった。

寮からホテルへの十分ほどの距離が、雪が降っているせいで普段よりも長く感じられた。とんでもない場所へきてしまったものだ。そして、ふつうの人間だったら、とんでもない場所にきた!と思っても、そこで踏ん張って、半年なり、一年なりの期間を頑張って働き続けようと思うのだろうけれども、私にはそうした忍耐力は欠如している。一度、「辞めよう!」とはっきりと意思を固めたら、あとにも先にも引くことはできぬ。そして、そういう直観というものが正しいのか間違っているのかというのも、自分ではよくわからない。ただ、ここの環境が住み心地が悪く、酒池肉林ではなく、厳しい労働と退屈さだけが永遠に続いているように感じられたことだけは確かなのだ。そして、私は会社のほとんど誰とも、親しく会話をしようという意思も、そして能力もなかったのだ。誰に会っても、相手が何を喋りたいのか、何に興味をもっているのか、あるいは何を言うと相手が笑うのか?、、、それらのことがわからなかったのだ。

従業員食堂の前で、たまたまほかの従業員の男たちと遭遇した。彼らにあいさつをする。「お疲れ様です」、この「お疲れ様です」というのも、私は台詞をとりあえず言っているだけである。台詞を言っているだけであれば、わざわざ言う必要は無いであろうが、とりあえず言っておく必要はあると感じる。誰にも興味があろうがなかろうが、とにかくこの台詞を言わなければならない。この台詞を言うと、とりあえず向こうからも同じ台詞が返ってくる。本当に会社に適応したいなら、この台詞のあとに何か気の利いた雑談をするべきである。だが、相手も忙しいであろうから、いわゆる空気を読む必要もある。簡単でわかりやすい一発芸などがあれば、一番いいのかもしれないが、私には一発芸も手品も無かった。「プッピ!」とか、「ピップ!」とか、「ぴんこ!」とか、そういった単語を発すれば、私と似たような感性をもっている人間であれば、即座に単語の意味を理解して、ニヤリと微笑むこともあるかもしれないが、一般の人と私の感性というのはかなりかけ離れていることはよくわかっている。「プッピ! いや~、外の雪、すごいですよ! たくさん降ってますよ!」などと叫ぶ。そういう個性の押し出し方というのは、大変危険である。危険が過ぎると感じる。危険やトラブルは未然に防がなければならない。

夜の従業員食堂には誰もいなかった。やれやれゆっくりと食べられるぞと思った。夜のメニューは、ご飯と麻婆豆腐、鶏肉を焼いたものと、キュウリの漬物などであった。それなりに美味かった。何よりも落ち着いて食べられたのが嬉しい。飯を食っていると、若い男が入ってきた。中肉中背の、少し髪の長い、そして、ワイルドな雰囲気をもった男であった。その男とは寮でも何度か遭遇している。そして、幾度か会話を交わす機会はあった。「お疲れ様です」以上の会話を、その男とすることもあった。そして、今回も彼のほうから私に話をもちかけてきた。

「外どうですか?」
「雪がたくさん降ってますよ。15センチくらい積もってるんじゃないかな」
「そっかー。」

しばらく沈黙があった。彼は自動販売機でコーラを買っていた。私は何も話すことが見つからなかったが、彼が夕食にご飯の上に肉をのせただけの食事をしようとしているのを見て、「ご飯、それだけですか? ダイエット中ですか?」と聞いてみたが、彼は、「違います」と答えただけであった。うーむ。われながらつまらないことを質問していると感じる。それ以上、会話を続けることも不可能であると判断し、私は自分の食器を洗って従業員食堂をあとにした。

それから風呂であった。風呂に入ったのは9時過ぎであった。さすがにほかの従業員はいないだろうと思っていたが、たまたま同期のどもりのある男と遭遇した。

「お疲れ様でーす。あれ、早いですね、風呂。」
「いや~、今日は車の運転をしたものだから疲れちゃって、だから風呂も早く入らせてもらうことにしました。」

短い会話のやり取りだったが、それなりに気心が知れている間柄の人間と言葉を交わすと、私のような人間でもほっとするものである。

風呂に入る。いつもながら、温泉は気持ちいいと思う。広い風呂には私ひとりだけがいた。窓の外には雪景色がみえた。粉雪が舞っている。二泊三日、あるいは三泊四日くらいの日程であれば、どれだけ快適でのんびりできるところだろうと思う。やはり、旅をするのと、ホテルで働くのとは全くの違いがあるのだ。

三連休は有難かった。何もすることがなくても、ホテルで働いているよりはましである。もう辞めることが決定しているのに、働くというのは結構、面倒くさいものなのだ。新しいことを習っても、もうそれはあまり意味が無いことであるし。それに、周りは「あいつはもうすぐやめていくやつだ」という目で見るわけである。だからといってあからさまに手を抜けば、手痛い仕打ちを受けるのはよくわかっていた。

常務の昨日の私に対するイビリ、小言、そして無言の圧力を考えていた。なぜこれほどまでに日本の会社社会というものは、面倒くさいことだらけなのだろう。もっと単純に生きられないものかと思う。いや、単純に生きているように見える人もいた。いや、快適に生きているように見える人と言い換えたほうがいいかもしれない。それは課長であった。課長は声が大きく、部下を叱るときの声も事務所中に響き渡るほどの大声の持ち主であった。

あれだけ、大声で怒鳴って部下を威圧していれば、ストレスも吹っ飛ぶであろうと、そういう風に私は観察していた。会社には、「声の大きいやつが勝つ」みたいなところがある。少なくとも、声が小さくてボソボソ喋るやつより、声が大きくてはっきりと喋るやつのほうが世間的な受けがよろしいようである。そういう風潮が私には馴染めなかった。

課長が自分よりも年上の部下に対して、大声で怒鳴り声をあげて叱り飛ばしているのも何度か目撃した。なぜ部下が叱られているのか、入ったばかりの私にはわからなかったけれども、それでも、叱られた年上の部下の尊厳というものは大いに傷つけられたものであろう。おそらく、課長のほうが正しいのであろうと思う。それなりに筋が通っていて、論理的にも正しいことを言っているのだろうと思う。だが、言い方が、叱り方、怒り方で、人の心はいかようにも傷つくのである。私自身も課長から、電話の受け答えが悪いということで怒鳴られたし、電話機の使い方がわからなかったとき質問をして、課長は受話器をガチャン!と思いっきりやって、私を威嚇してきた。そういうこともあった。もし、このホテルで働き続けることを決意したとしたら、課長といる時間は長かろうと思った。常に課長の顔色を伺っていなければならないだろうし、そんなことは真っ平ごめんであった。

そんなわけで、3連休の初日はとりたてて何事もなく過ぎた。おそらく、連休中は何も新しいことは起こらないであろう。飯を食い、だらだらとテレビを見て、そして風呂に入るだけの生活である。