第十一話・三連休二日目

朝起きたら、雪が降っているのに気づいた。それも半端な積雪量ではなかった。普段、雪国に住んでいるのではないので、こうやってバンバン雪が降るというのがものすごく珍しく思えた。湯西川温泉というのはこんなところだったのか、、、。寒くて仕方の無いところである。もう三月だというのに雪が降る。雪国には遊びで行くべきであったと猛烈に反省していた。

飯を食いに従業員食堂へ行く途中、寮の部屋の前で隣に住んでいたメガネをかけた背の高い男に声をかけられた。彼はこれから今市へ行くという。今市はここよりも便利な場所であって、いろいろな商業施設がたくさんあるところらしかった。彼は一緒に行かないかと私を誘ったが、あまり気分が乗らなかった。これから半年働き続けようと思ったら、無理をしてでも何でもそういった社交の申し出には応じたほうがいいだろうが、私はあと10日ほどでここを去る身である。一人でブラブラと休暇を過ごしていたかった。昼の三時からは再放送のドラマが立て続けに二本やっていた。それらも見る予定でいた。

ヒマであった。それでもドラマは見た。これだけテレビドラマを真剣に見るというのはかなり久しぶりなことなのだ。ドラマが終わってしまうと、今度はニュースがやっていたが、ニュースを嬉々として見る性分ではなかった。寝転がって本を読んでいたらいつの間にか寝てしまっていた。

夜の7時半過ぎに目が覚めた。ドアの外で先ほど話した男と、女性の声が聞こえた。何を彼らが話しているのかはよくわからなかったが、それでも、「8時に飯を食べる」というセンテンスが耳に入ってきた。となると、その時間帯に従業員食堂に行ってしまうと、彼らと鉢合わせることになってしまう。なるべく誰とも顔をあわせないようにしていたので、私は支度をして飯を先に食うことにした。

もう雪はほぼやんでいた。景色はやはりいい。何も無いところだが、自然そのものは楽しめるところである。従業員食堂には、接待係の連中が飯を食べにきていた。今日は平日だというのに宴会があるのだろうか。くわしいことはよくわからない。だが、夕飯を食う時間帯はやはり、もう少し遅くしたほうがよかったようである。9時とか9時半という遅い時間であればさすがに誰もいないんじゃないか。それは明日、またもう一度確かめてみなければならない。

接待係の連中は仲のいいもの同士で、なにやら楽しそうに話をしていた。こういう時間が一番落ち着かないのである。ロクに飯も食った気になれない。今日のおかずはチクワと、かきあげとサラダであった。ほかに味噌汁とご飯。うまいともまずいとも思わない。ゆっくりと味を堪能する心の余裕がなかった。

さっさと飯を済ませ、風呂に入ってしまおうと思った。飯を食い終わって、食器を洗って、自分の座っていた席に戻ると、フロントの可愛い子が一人、私の目の前の席に座っていた。ほんの一瞬間、話しかけようと思うこともないではなかった。だが、周囲の監視の目もあることであるし、ほかの連中に自分からは話かけないというポリシーでやってきた手前、可愛い子にだけ、自分から話かけるというのは、ちょっとまずいことであると思った。そして、何を話すべきかというのも、よくわからなかった。今日のように雪が多く降った日であれば、雪のことを話題にしておくのが一番無難だったろうが、それでも何も話さないことに決めた。私は彼女と目をあわすこともなかった。彼女は、「いただきまーす」と言い、一人で飯を食いだした。彼女は何か、私と会話を交わしたかったのかもしれない。よくわからない。

風呂には誰もいないだろうと思った。最初は風呂に誰もいなかったのだが、私が体を洗って、風呂に入ろうとすると、恰幅のいい老人がすでに風呂に入っていた。だが、すぐに老人はいなくなった。
風呂でしばらくの間、考えをめぐらした。ここの生活は、いや、寮の設備などを考えると、海外の安宿、ゲストハウスの生活とほとんど変わりは無い。貧しさとか、不便さでは変わりない。このホテルの寮はものすごく汚かったし、それに、寒かった。だが、何であれ、一番の違いは、「労働をしているか、いないか」というところに行き着くんじゃないかと思う。住み込みで働いていると息をつくヒマがない。住み込みというのは、寮生活に慣れていたり、あるいは相当の覚悟がある者でないと長くつとまらないだろう。

海外の安宿の生活というのは、いくら設備が貧しかろうが、最悪の宿であろうが、その宿に泊まっている間は自由を手にしている。気に食わなければ、宿で会った人間とあいさつを交わす必要もない。また、一人でいたいのであれば、徹底的に一人きりで個室に閉じこもることが可能である。
安宿の生活がひどく懐かしい。とはいえ、あの暮らしも今と同程度にヒマではあった。バンコクにしばらくいたが、私はカオサンでものすごくヒマな暮らしをしていた。散歩もしたし、カフェにも行ったし、ブラブラ三昧をしていたが、もう何もすることがなくなって、気ままに路線バスに乗り込んで、終点まで行って、またもといた場所に戻ってくるということをやった。はじめはそうした時間つぶしも、風景が変わるので真新しく思えるが、いずれそれにも飽きてくる。早朝から出かけていって、午後の一時ごろにはバスに乗ることにも飽きてしまっていたりする。さて、これから昼寝でもするかといっても、普段、ものすごく睡眠時間が長くてあまり眠れなかったりもする。

ヒマな時間を有意義に過ごすというのは、結構、大変なことだとあらためて思う。明日は三連休の最終日であり、とりあえず衣服の洗濯という大仕事が待っている。とはいえ、基本的には普段とあまり変わらない。昼のドラマだけがいまの楽しみであり、最高の時間つぶしなのだ。