第二話・リゾバ~現地入り

今日はリゾバの初日である。やっと、あれやこれやの細かいことが終わって、風呂にも入り、飯も食った。そして、勤務先から与えられた個室でこの手記を綴っている。本当はクタクタに疲れているはずなのであるが、どうしても私は書かずにはいられない性分らしい。そして、記憶が鮮明なうちにこの日に起こったことを残しておこうと考えた。

ちなみに、今回のリゾバでは私はデジカメをもっていない。そのため、ひたすら文章を残していくしかないということである。写真というのは便利でわかりやすい表現手段であるからして、できればデジカメは用意したかったが、デジカメを買う金がなかった。残念なことである。

家を朝の10時過ぎに出た。昨日はあまりよく眠れなかった。さすがに緊張していたのかもしれない。なにしろ、労働をするのが1年ぶりくらいのことなのだ。リゾートバイトといえば、リゾートと名が付くくらいであるから、なんとなく、仕事ではなくて遊びが9割5分を占める!?ような印象もあるが、さすがにそうではなかろう、きっと大変なこともいっぱいあるはずだ、などとあれやこれや考えていたら、昨晩は眠りにつくことができなかったのである! 「最低でも半年は続けなければいけないな」とか、「いやいや、1年続けてみせるぞ!」とか、「ちゃんと職場で仕事がこなせるだろうか、、、」といった不安が一挙に私の心に押し寄せたのだ。

そんなんであるから、私は自宅の居心地のいい布団の中で、あれやこれやを心配し、ときには絶望し、ときには決意表明などもしてみせて、眠れない時間を過ごした。

自宅の最寄り駅から11時過ぎの列車に乗る。グリーン車つきの快速電車にちょうど間に合ったので、奮発してグリーン車に乗ることにした。荷物もやたらと多かったし、初日から金をケチって疲れてしまっては元も子もないと思ったのだ。(派遣会社からは、期間満了をすれば交通費は支給されるという話であった。グリーン車代は自腹である。)

電車を乗り継いで浅草駅に到着した。時間があったので、浅草の街を少しウロウロすると、松屋が見つかった。久しぶりに松屋の牛丼を食べておこうかと思ったが、あいにくお客が多かった。大きな荷物を3個も抱えていたので、味はともかく空いている店がよかろうと思った。

一軒の立ち食い蕎麦屋が見つかった。その店で400円のカレーライスを注文する。味は、うまくもまずくもなかった。基本的にカレーライスは好物であるから、カレーを注文する限り、私の場合あまりはずれがない。

カレーライスを食べた後、東武線の浅草駅へ行く。そこで、「きぬ119号」の切符を買う。特急である。

「きぬ」に乗るのは初めてであった。東武線の浅草駅というのは2階がホームになっている。いくつかのプラットフォームの端には車止めがあって、なんとなくそれは旅情を誘うものであった。これから旅が始まるのだ。いや、旅ではなくてアルバイトなのだが、、、。

「きぬ」に乗りながら、あまり見慣れぬ風景を眺めていた。平日だからか乗客は少ない。私の座った席の二列ほど前には、若いカップルの姿があった。これから彼らは温泉にでも出かけて楽しむのだろうか。羨ましい話である。

書物でも読もうかと思ったが、どうも文章が頭に入っていく気配がしない。寝不足であったため、何度となく睡魔が私を襲った。ウツラウツラしていた。二時間ほどして、「きぬ」の終点、鬼怒川温泉駅に到着した。

ここから、東部鬼怒川線と野岩鉄道を乗り継いで、目的地の最寄り駅である湯西川温泉駅にたどり着いた。

そこから目指すホテルには路線バスを利用した。お客さんの数は10人ほどである。少ない。みな湯治目的の観光客であるようだ。バスは山道を走っていく。最近、雪が降ったらしく、山には雪がかなり積もっていた。

バスの運転手は無線を手にしながら、なにやら喋っていた。業務連絡を行なっているのであろうが、ときどき、世間話などもしていた。のんきなもんである。やはり田舎というのはどこの職場ものんびりとしているということなのだろうか。

バスは20分ほどして、目的地のホテルに到着した。ちなみに運賃が880円もする。べらぼうに高い。私が住んでいる家も郊外であるから、バスの運賃は高いのだけれども、それでも、そんなに高くはない。これだけ高い料金設定に対して不満を述べたところで、そのバスがなかったら、大変な距離をひたすら歩かなくてはならないところだ。つくづくバスに感謝をした。

さて、職場のホテルに到着した。これから、いよいよ職場の人たちに挨拶をして、いろいろと段取りを教えてもらわなければならなかった。ホテルの正面玄関に行くと、初老の番頭さんに声をかけられた。おそらく、その番頭さんは私のことを宿泊客であると思ったのであろう。最初は慇懃で丁寧な物腰であったが、私が派遣のアルバイターであり、今日からこのホテルで働かせてもらうのだということを告げると、ちょっと態度がぞんざいになった。「なんだ、宿泊客だったら別に丁寧にする必要もないか!」という感じなのだろう。まあ、それでも、その番頭さんは私を職場まで案内してくれた。

私の仕事は総務であったので、総務課に行った。総務課は地下にあった。華やかなホテルの裏側をのぞくというのは、ちょっとしたスリルと冒険といえる。重い鉄製の非常扉をあけて、薄暗くて、カビの臭いのする階段を降りていく。そして、総務課に入ると、乱雑とした狭苦しいオフィスがそこにはあった。

私の上司になる人物との面会になった。幾人かの上司と顔合わせをしたはずであるが、正直言って名前はよく思い出せない。ひとの名前というのを忘れる性質である。仕事をするうえで、ひとの名前は早く覚えられたほうがトクなのであるが、それでもどうしても忘れてしまうことがある。まあ、とりあえず続けていけば覚えられるに違いない。あまり深く考えないことにした。
実際の仕事は明日からということであった。上司によって寮を案内される。寮はホテルから歩いて3分ほどのところにあった。

寮は個室であった。部屋の面積は4畳くらい。床はフローリングである。大きな柱が出っ張っていたので、狭く感じられる。テレビと布団、カラーボックス、そして、小さなテーブルがあった。
「どう? 狭いけど、こじんまりとして良い部屋でしょ?」と上司は私に言ったが、私は正直、「うーん、汚い部屋だなあ」と思った。

布団はあるにはあるが、乱雑にたたんである。そして、部屋のところどころに埃があって、薄汚れた印象だ。トイレと洗面台はほかの住人と共同で使うことになっていた。
電気ストーブがあって、この電気ストーブは暖かいけれども、温度調整が難しかった。今、気がついたが、部屋にエアコンは無い。夏は暑いだろうか。山の上であるから、夏はしのぎやすいのであろうか。

アジアにあるゲストハウスと較べてどちらがマシであろうか。格安のゲストハウスも、ものすごく設備が悪かったりする。ただ素泊まりという宿が多い。だが、ゲストハウスの場合、シーツを交換できたりするので意外と清潔である。また、設備は古くても掃除はきちんとなされている宿も多い。
不満はいろいろあったけれども、それでも、私は「住めば都」という言葉を思い出した。どんなに不便な環境であろうと、住んでいるうちに慣れるというものである。

上司から、「明日からお願いします」ということを告げられて、私は解放された。飯を食いに出かけた。事前に派遣会社から、「食事は昼と夜の二回」ということを聞かされていたのだが、実際は無料で三食ついていた。それも、休日も三食付であるということである。有難いことだと思った。飯代というのは馬鹿にならないものである。リゾバの派遣先によっては一食いくらとか決まっているところも多いようだ。三食が無料で食べられるなら、貯金もしやすいことであろう。

まかないの食事は、従業員専用の食堂で食べた。出発前に「茶碗や皿を持参するように」といわれたのであるが、最初は何のことだろうと思った。今回の職場の場合、自分の茶碗や皿を用意しておいて、おかずやご飯をそこに入れるのである。そして、食べた茶碗や皿は自分で洗う、そういうシステムであった。面倒くさいけれども、無料なのは何よりも嬉しい。

そして、出されたまかないは、思ったよりも美味であった。まかないは腹をふくらすことができればそれでいいとぐらいに思っていたが、ちゃんとした飯であった。野菜も多くて栄養価も高そうである。
飯を食いつつ、同じ職場で同期の男としばし会話を交わす。同期がいるというのは心強い。彼は私とは違って契約社員であったようだが、仕事の内容は同じであった。福島県出身の男であり、どことなくのんびりとした印象をもち、温和な雰囲気の人であった。

食堂にはほかにも女性が二人、そして、男が二人あとから入ってきたが、とりあえず、「おつかれさまです」というあいさつだけをした。こういうとき、何を話していいか分からないものだ。

飯を食った後、風呂に入りに行く。ホテルの大浴場を使ってもよろしいということであった。浴場の脱衣場には誰もいなかった。時間が早いせいだったからだろうか。服をすべて脱いだ後に、「あれ、自分が今いるのは男湯だろうか、女湯だろうか?」という疑問が湧いてきた。なにしろ、私ひとりだけなのである。もし、そこが女湯であって、裸で湯船に浸かっているときに、素っ裸の女たちが入ってきたら、、、それは嬉しいハプニングには違いないけれども、それでもかなり厄介な立場に追い込まれることは目に見えている。私は慌てて服を着て、浴場の入り口にまで行って、男湯であることを確認した。

風呂は広々としていた。温泉か。非常に懐かしく思えた。温泉など10年くらい入っていない気がする。というのは、私は海外旅行は大好きなのだけれども、国内旅行にはほとんど関心が無いのだ。だから、休みの日に温泉地に出かけていくということもいままであまりなかったのだ。熱海に行ったときでさえ、温泉には入らずに熱海を散歩し、雰囲気だけを味わって帰った。

広々とした湯船に浸かる。のんびりとした気分である。これから始まろうとしている労働に対する緊張が、温泉のぬくもりによって解けていくようである。浴場は一方の壁が大きなガラス張りになっていて、外には雪景色が見えた。こんな素晴らしい温泉を毎日味わえるというのは、やはりリゾバの醍醐味のひとつといえるんじゃないか、そんな風に思った。

風呂から上がって、ホテルから歩いて10分ほどのところにある小さな繁華街まで行き、タバコを買ってきた。夜も遅かったこともあって、タバコを買うのにかなり苦労した。ここしばらく、金がないこともあって禁煙していたのであるが、どうしても禁煙の誓いを破ってしまった。タバコを買うとどうしても飲み物が欲しくなる、すると、タバコと飲み物代のダブルで出費がかさんでいくという計算である。それでも、一本のタバコとコーヒーという、あの快適な時間を手に入れたかった。

さて、今日の手記はこの辺で終わることにする。まだ、実際の仕事を始めたわけではないので、あまりよくわからないのが本当のところだ。明日からどんな毎日が待ち受けているのだろうか。そして、タイにはまた行けるんだろうか。タイで出会った友人たち、そして、女たち、、、すべてがかなり遠くにかすんでみえる。タイという楽園に行くのにも金がかかる。行ってしまえば楽園であり、スローライフ、そして、わくわくとする快楽の日々なのだが、日本での労働の日々というのは非常に厳しいものだ。労働という代償を払うことなく、楽園にいけたらいいのだが、そうは問屋が卸さないというものだ。