やっとのことで、三日間の勤務が終わった。明日が休日で、明後日が勤務の最終日であった。クタクタに疲れているが、書かないでいるとこの三日間で起こったことの詳細というのが、どんどん記憶から薄れていくので、何が何でも書き留めておこうと思う。
この三日間で起こった衝撃的な出来事というのは、女将についてのことであった。以前、ホテルの女将は私を、「あなたは馬鹿なんだから! 生まれつき頭が悪いんだから!」と侮辱してきた。そして、それ以後も継続的に、あるいは突発的に私に対するパワーハラスメントは行なわれた。私は耐えようと思った。何が何でも怒りを爆発させてはならないと思っていた。それでも、女将は執拗に私を侮辱し続けたのである。こんな風であった。
「あなた、事務で雇われてきてるんだから、会計ぐらいできるでしょ?」
「いえ、できません。」
「駄目ねえ、会社に入ったら、会計ぐらいできるのは当たり前よ!」
女将の年齢は50代の後半くらい。常に眉間にシワを寄せて、いかめしい、いや、小憎らしい顔つきをしていた。
「派遣ってのはプロパーですからね。派遣になりたいなんて人はロクな人間がいないのよ。ちょっと、それ! さっさとやりなさいよ。」
私は我慢に我慢を重ねて、耐えに耐えていたのだが、ある時点で、一気に堪忍袋の緒が切れた。
「もっと速く仕事しなさいよ!」
「ええ、やりますよ!」
「うん?、何よ、その態度は?」
私は胸を反り返らして、そして、思い切り、女将の顔を睨み付けて、こう言った。
「あなたはいつまで私を侮辱し続ける気ですか? 私は覚えていますよ。あなたが、“あなたは馬鹿なんだから、生まれつき頭が悪いんだから”って言ったのをね。」
「言ってませんよ、そんなこと。」
「言いましたよ! 警告しておきますよ。これ以上、私を侮辱し続けるつもりなら、私もあなたと同じような態度をとりますよ。」
「戻りなさいよ。いいから、仕事に戻りなさい。」
女将は多少なりとも怯んだようであった。そして、その場には同僚の事務の女性が一人いるだけであった、と思う。ほかに社員はいなかった。(私はあまりにも激昂していたので、周囲のことがあまり目に入っていなかった。)まあ、誰がいようと私は女将に反抗しただろうが、そして、ああいったことが起こると、誰も見てみぬふりをするのが常である。事務の女性もその出来事を静観しているようであった。
それからというもの、女将は私に口うるさいことを言わなくなった。一般的な仕事場で上司に反抗すると、即日で解雇されることも多い。だが、ここはリゾバであった。女将に反抗した日から数えて一週間くらいで、私の勤務は終わる予定であった。私を解雇しようとしたとしても、こんな栃木県の山奥である。派遣先と派遣会社の関係性も無視できないだろう。女将が私に暴言を吐いたのは事実であったし、私がいくら仕事に適応していなかろうと、生産性が悪かろうと、女将が労働者の人格を傷つけるようなことは許されるべきではなかろう。いや、私はそれでも耐えようと思ったのだ。女将のような人物というのは、この世にいくらでもいるであろうし、会社で働いていたら、どんなに虫唾が走るような人間にさえ頭を下げねばならないということくらい、、、そんなことは百も承知であった。
それでも、私はいても立ってもいられなくなったのだ。
女将は当然、社長やら常務、その他の幹部社員に対して、私のその態度及び言動を報告しただろう。それでも、上司たちから一言の注意もなかった。これから何か言われるかもしれないが、そのときは私は自らの正義を声高に主張するつもりである。女将には一切の情状酌量の余地はないと考えていた。
さて。閑話休題。この三日間にはこんなこともあった。
ある日、午前11時半に派遣社員たちが会議室に呼び出された。それは、派遣社員たちがホテル内での細かい規則を破っているということで、課長がお説教をするための会議であった。いや、それは「会議」という名前にふさわしいものじゃなかった。課長は延々と一時間半も使って、ときには怒鳴り声をあげ、ときにはなだめすかし、お説教をしたのである。
私は派遣社員であったし、その会議には当然のことながら出席すべきであったので出席したのだが、課長が点呼をとったとき、どういうわけか、私の名前を呼ばなかった。私があと一週間ほどで辞めることが決まっていたからだろうか。なかなか、味なことをしてくれる人である。
「いいかー、今日みんなに集まってもらったのは、うちのホテルのルールを破ってるやつがいるってことだ。お客さんから苦情がきてる。大浴場を使ってもいいけどなー、ほかの従業員に、“おつかれー!”なんてやる馬鹿がどこにいる? それでだな! 風呂場で仲間と喋ってたらな、お客さんから見たら、自分の悪口言ってるって思われるんだよ! だから、風呂場では喋るな! 一切、口をきくな。もし、今度、クレームがきたらな、大浴場は使用禁止にするからな。でも、それじゃ、つまらないだろ! せっかく温泉で働いてるってのに、温泉にも入れないじゃな。だから、社長にはオレのほうから、頭下げてお願いしておいた。とにかく、絶対に風呂場では喋るなよ。それとな、今日は、名指しで注意することはしないでおく。もう、誰がやったかわかってるんだよ。次は気をつけろよ。」
課長のお説教は長くかかりそうであった。ざっと状況説明をしておくと、派遣先のホテルでは従業員がホテルの大浴場を利用する場合、まず、入浴の時間が決められていた。夜10時以降でないと大浴場は利用できないという決まりになっていた。そして、浴場内でほかの従業員と一緒になったとしても、挨拶も、会話も禁じられていたのだ。お客さんにとって迷惑だからという理由からである。それは確かにそうかもしれない。まあ、このことについては反論するつもりはない。だが、課長がお説教の中で言っていた次のことがちょっと気になった。
「お前らな。派遣だからって、会社のルールを破ってもいいって思ってるんじゃないか! だから、派遣は駄目だって言われるんだよ。いいか、リゾート感覚でうちのホテルに働きにきてるんだったらな。辞めてもらって結構! そんなやつ、うちじゃいらないから。」
こういう発言に対して、派遣社員の中から、「じゃあ、私、辞めます!」と突然、辞意を表明するやつが出てきたら面白いんだが、残念ながら、そういうシーンというのはあまり無いものだ。「じゃあ、私、辞めます!」の声に続いて、みんながワーッ!と一斉に退職を申し出たら、映画みたいな痛快さがあるんだが。課長も、「みんな辞めるはずはない!」と確信しているから、「辞めてもらって結構!」なんて台詞を安心して吐けるわけである。
みんな従順に押し黙って課長の言っているお説教を聞いていた。
会議も終わり近くになって、課長はお説教の余興のためなのか何なのか知らないが、こんなことを言い出した。
「みんな、いいことを教えてやる。この世はな、全部、“契約”でできてるんだからな。どんな些細なことも全部、契約で成り立ってます。これ覚えておくと、あとで役に立つからな。」
ああ、また下らない小話をしだす人間がここにもいたか!という感じである。サラリーマンというのは、教訓話であるとか、小話が大好きな生き物らしい。年齢が上がって役職がついてくると、さてさて、自分も何か部下のために役立つ話をしなきゃあならんなということで、こういった小話、それもどこかの薄っぺらい書物から引用したような小話をおっぱじめるわけである。教養のかけらもあったもんじゃない。
どうせ、仕事か、休みの日には低俗なレジャーに耽ってばかりいて、ろくに書物など読んでこなかっただろうに。それでもひとつの会社に長くいて、ある分野のことをずっとやっていると、そうした人間でさえ発言権、あるいは、他人を説教する権利が与えられるのだから、困ったものである。
ちょっと前に、事務所で課長と常務がなにやらヒソヒソと話をしているのが聞こえてきた。若い人間で辞めていく連中のことについて批評していた。「世代が違うんですよ。どこかの世代でおかしくなってしまったようですよ。」課長が常務にこんなことを言っていた。
課長は40代前半の男であったが、、、自分らの世代より上がまともで、下の世代がおかしいというんだろうか。そもそも、安易に世代論でそういった物事を割り切ろうとする姿勢に、知的な怠慢が存在するのだ。百歩譲って、課長の言うように世代の違いというものがあったとしてもである。会社内で、年配の世代にとって、若い世代の人々の行動、考え方が奇異に写ったとしても、それは年齢の若い人々が自分の頭で物事について考えているということではないのか。昔のように、単純にシステムに従って行動していれば、百年先の予測もついたという時代であれば(そんな予測はつくはずも無いのだが)、若者世代もおとなしくしているわけである。会社の中で生じる、ありとあらゆる理不尽というものに対して、それについて若者が疑問を抱き、退職を含めた様々な行動で抵抗したとしても、それは人間として自然な行動であると考える。
以前、私が辞めるといったときに、常務は私を強く引きとめた。あのときの決意が揺らぐことなく、自分の意思を貫き通したことを、心底、よかったと思っている。会社は私を社員にしたがった。もともと、紹介予定派遣で派遣されたこともあって、双方がマッチすれば、社員になる可能性もあったのだ。会社としては、派遣という期間でじっくりと社員にするかどうか見極めたいという考えがあるのだろう。私にはまったく社員になる気などなかったのだ。金を貯めて南国に行くことしか、そのことしか頭になかったし、いまもそれ以外には無い。課長にしても女将にしても、派遣を小ばかにしているところがあったのだが、連中も派遣という制度からうまみを得たいと思ってるんじゃないか。それだけ馬鹿にするのなら、最初から正社員を雇えばいいだろうに。正社員を雇ったらコストがかかるというんだろう。
リゾバといっても、おそらく、千差万別であると思う。私の行った派遣先というのがたまたま、こういうところだったということも言える。派遣はあくまで派遣であって、契約期間が切れたらさようならというところもあるだろう。海外留学とか、長期の海外放浪、その他、なんらかの貯金を目的にしているのであれば、「紹介予定派遣」のような契約のところは、最初から避けたほうが無難である。私ははじめのうちは、「何が何でもリゾバで働きたい!」という一心であった。だから、とにかくもぐりこまなければならないという気持ちでいた。実際、仕事を始めてみるとわかることがたくさんある。思っていたよりも気候が厳しかった。今日などはもう三月も下旬であるというのに雪が降った。朝晩の寒さは筆舌に尽くしがたいほどである。三食は無料であったが、さすがに同じようなメニューを毎日食べていると飽きてくる。そして、娯楽が皆無である。みんなよく頑張っていると感心している。
明日は休日ある。さきほど、近くの酒屋で『杉並木』という日本酒を買ってきた。“日光美酒”と書いてある。酒についてはよくわからない。まあ、土地の酒なのだろう。もうすぐこのリゾバから解放されるので、一人で酒盛りをしようと思ったのだ。だが、私はそれほど酒が好きではないらしい。ほとんど半分ほど飲んでやめてしまった。
そうなのだ。私はリゾバから何も学ばなかった。ふつうはリゾバで一生忘れられない思い出ができたりだとか、人々との感動的な出会いがあったりだとか、そういうもんだろう。なんらかの体験を通して成長するのがまともな人間というもんだろう。リゾバに来る前は社会に対して拗ねた見方をしていたとか、反社会的であったとか、そういう過去をもっていたとしても、リゾバにきて真人間になりました!、これからは真面目に我慢するところは我慢して生きていきます!というのが、一般的ではないか。
そうではない人間もいるのだ。ただ単に温泉地にやってきて、仕事をして、途中で、「どうもつまらんな」といって帰っていく、そういう人間もいるのである。私はほかのホテルの従業員とはつるむことが無かったので、周りの人間が何を思って生きているのか?、そういったことはよくわからない。ただ、私はこの栃木の山奥で、再び、日本のサラリーマン社会の縮図を短期間で見たのである。見たくもないフィルムを無理矢理見させられたような気分であり、そして、今はようやく悪夢から覚めようとしているときなのであった。