つい先日、派遣先のホテルから、アンケートを渡された。そのアンケートには、「リゾバに来た目的」であるとか、「実現したい夢」であるとか、「あなたの長所と短所は?」とか、そういった質問が並んでいた。
それらの質問の中に、「あなたにとって、仕事とは何ですか?」という質問があった。
それは私にとってあまりにも難しい質問であった。ほかの質問には難なく答えられたのだが、「仕事とは何か?」という問いに対しては答えに詰まったのである。
その質問の前提として、「賃金労働者として仕事をするのか(つまり、会社に雇われて仕事をするのか)」、あるいは、「自営でやるのか」という区別がなされるべきであろうが、アンケートにはただただ、「あなたにとって、仕事とは何ですか?」と書いてあるだけなのだ。これでは、議論を展開しようが無い。前提をこちらで設定し、議論を進めていくにはある程度の文字数が必要だろうと思われたが、アンケート用紙にあったスペースは二行ほどであった。
私はすぐさま馬鹿馬鹿しく感じ、その質問には、「わかりません。」とだけ答えた。
この手の質問というのは、就職の面接などでもよく聞かれることと思う。質問する企業側には、あまり仕事に対する哲学的考察というのは無いと思ったほうがよかろう。たとえば、マルクス主義の観点から仕事について分析して、自説を展開するなどすれば、煙たがられること間違いないである。
とはいえ、私には一般的な企業人が喜ぶような、その質問に対する答えは無かった。どのように答えれば、彼らは喜ぶのだろう。「仕事で自己実現したいんです!」と答えるか。あるいは、「仕事をして納税したい」とか、「社会保険に加入したい」とか、そういうことだろうか。おそらく、違うだろう。
仕事の意味は万人にとって異なるはずである。私にとっては、たとえば時給が900円であれば、どの仕事をするのも同じである。できるだけ楽な仕事がベターであり、頭を酷使しない単純作業がいいし、もっといえば、肉体を疲労しすぎない仕事がいい。さらに欲をいえば、ピチピチで肌がプリプリしたギャルがワンサカといて、彼女たちが「うっふん!うっふん!」と意味もなくつぶやいているような、そんな職場があれば最高である。
もちろん、そんな職場がほとんど存在しないことは知っている。(ほとんどと言ったのは、まれにだがそれに近い状況の職場がこの世に無いわけではない。それについての詳細はここではあえて書かない。)
私が言いたいのは、雇われて働くということ、そして、安い賃金で働くにあたって、そういう状況で「仕事の意味」も何もへったくれも無いではないか?ということなのだ。
時給900円、そして、自分のやりたくない仕事で生活のために仕事をしているのであれば、それは単なる、「必要悪」でしかない。それが私の達した結論であった。
そして、頑張ろうが、サボろうが、どちらにしても時給900円であれば、サボったほうがトクというのが私の考え方であるが、会社というのはそう簡単には問屋が卸さないようになっているものだ。従業員同士で相互監視するシステムが出来上がっているし、また、ありとあらゆる手段を用いて、会社というものは労働者に対して最大限の生産性をあげさせようとするものである。
雇われて働く労働者に対して、「仕事とは何か?」という質問をぶつけて、まともな答えが返ってくるのは、その仕事が本当に好きな人だけではないか?と考える。それで、逆の場合であれば、質問をすること自体に無理があるのだ。
また、今回のアンケートに関して言えば、「仕事とは何か?」という切実な質問を、二行程度で労働者に答えさせようとする姿勢に問題があると考える。よく、ビジネス社会では「A4一枚で簡潔にまとめろ」だとか、そんなことがまことしやかに言われるものである。そして、何でもかんでも短ければよしという話になる。確かに、結婚式場などで、新郎の友人の挨拶などが長すぎたりすると、ものすごい苛立ちを覚えたりするものであるが。
それでも、短ければいいというものではない。短く表現することで、何でもかんでも単純化されてしまう。何事も割り切れると誤解する。かといって、延々とひとつの物事について考えに耽って結論を出せずにいては、ビジネス社会では負けてしまうではないか?という声が聞こえてきそうである。我々はそんなにヒマではないんだよという声である。
だが、ほんの少しの遊び心がこの世界に残されていてもいいのではないか? 最初、私はアンケートについて、私の思うまま、唯我独尊の姿勢で、限られた文字数でも自説を展開するつもりでいた。さまざまな思い、考えが私の頭に浮んだのだ、そして、草稿も書いてみたのだが、その後、とてつもない無力感、絶望感、そして、虚無を感じたのだ。こんなアンケートに真剣に答えては愚の骨頂だと思った。もともと価値観の違う相手に対して、そして、弱い労働者の立場から何を言っても無駄だと判断したのだ。
だが、私はここで自分の考えを述べることにしたのだ。会社の仕事に疲れていたり、会社の面倒くさい人間関係にウンザリしている人にとって、私の書いたことがほんの少しの気休めになればそれはそれで嬉しい。
会社で従順なフリをしたり、延々といつ終わるとも分からない三流の田舎芝居を続けるというのは非常にしんどいことなのだ。